#私の親愛なる知人友人たちへ向けての小さなテロ
20200405 from Hikki

2016/07/30
【これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム】
処、四谷 いーぐる
#photobybozzo
私が四谷三丁目にある喫茶茶会記というお店に勤め始めたのは2014年の初め。
そこが “ジャズ喫茶” と呼ばれる日本独自の文化を育む一つの店である。という事を実感させられた大きな出来事は2016年の夏に開催されたこのシンポジウムの日でした。
東京の四谷という土地で、昔から変わらずジャズ喫茶を営んでいる大先輩、後藤さんの大きな懐をお借りして。
若き、これからの “ジャズ喫茶” を創る多様な個性のある店々の店主が集まり、それぞれの想いを話し合う場。
凄まじい熱量と来場客の多さに、この会を開催する意義と言うものが、既に、何を言おうとも、この場所に確かに在ったと実感して居ります。
その場には登壇者以外にも、お客様として多くのジャズや喫茶やそれこそジャズ喫茶を営んでいる方々、その文化を愛している様々な方々がお越しになって居りました。
忘れ難い光景です。
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これは私個人的な思い出のひとつになりますが、このシンポジウムをいーぐるさんで開催する数日前(?)ほどに、茶会記店主の福地と私二人が茶会記カウンターに立ち、店を営んでいる最中にいーぐる店主の後藤さんが茶会記へ来て下さいました。(※後藤さんと店主福地は言うなれば遠い親戚のようでいて、言うなれば目の上のタンコブ的な情関係にあると私は見ております、拝)
そこで私は後藤さんと初めて交わり、若い時分の小娘の私に後藤さんが話してくれた事はずっと私の心の中心に残っております。
『背伸びをして、誇り高く生き、それに疲れたらまた少し休み、休んだらまた背伸びをして生きればいい』
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それぞれの店は一貫して同じ方向を向いてはおりません。
それぞれの店主たちがその文化に対して思う価値観も全く同じではありませんでした。
それは全く当たり前の事でありました。
同じ人生や過ごす時間は個々人それぞれの、それこそ自己を形成する文化的諸々です。
「これからの文化を考える」
これは私たち皆々、私たちが私たちで在る為に絶対的に必要な事と思います。
皆んなが全て同じではないからこその、生きている。という奇跡だと思います。
私たち(達とあえて言わせて貰いますが)はこの後、疲弊しきり、残された余力ないまま、誇りを掲げてまた背伸びを出来るのでしょうか。
不安が募ります。
どうか私の好きな人や場所や文化が、また誇りを持って生きられる事をただただ願い、伝えていく作業を避けぬ様な、寛容さを。豊かな余白がある日々であります事を想って居ります。
喫茶茶会記 本田万里子/ヒッキー

photo by baba












photo by bozzo

#iminsakaiki
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#ジャズ喫茶
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「豊穣なギターソロ」喫茶茶会記店主筆
20200403

月2回の梅津聡氏による静謐な夜の質感。
主たる曲は
・メディテーション(A.C.ジョビン)
・ガヴォット・ショーロ(V.ロボス)
・コンポステラ組曲より 「コラール」(F.モンポウ)
・カヴァティーナ(S.マイヤーズ)
・オルフェのサンバ(L.ボンファ)


20180315 
20110321筆「ジェラール・プーリエ・フランソワの志と開拓者精神」(福地筆)
茶会記では「ラスウェルガスの写本」もかけることが多い。

Abbey of Santa María la Real de Las Huelgas。
トラピスト修道院と同じシトー派の流れを汲む。



茶会記店主の本籍地は北海道北斗市であり
トラピスト修道院が在する。

実家から稀に、トラピストバターやトラピストクッキーが供養される。
その際には御客様にも提供している。

幼少の頃は奇妙な人達がいる綺麗な場所としか認識していなかった。
中学生のころだろうか、石別小学校かどこかで修道士の方と
語り合った記憶がある。

彼らは、まったく魅力を持たない荒れ果てた台地を開拓、
幾多の困難の中、不屈の精神で現在の状況に発展させている。
それに至った年月は100年を越える。

「ラスウェルガスの写本」を聴く際には、
ひそかに、北海道トラピスト修道院、創始者
ジェラール・プーリエ・フランソワのことも考えている。

球体関節人形作家の摩有さんは私の説明もなく、
そんな空間に響いてくれる。
「オーディオファブ医院より帰って来たortofon GTは休ませてortofon 2M Redに変更」喫茶茶会記店主筆
20200330

左ガラード側
ヘッドシェルのフィンガーレストは存在しない。笑


トーレンス側は亡くなられた大沢さんの渾身-大沢式ヘッドシェルとM44Gでかわっていない



2012のラインナップ
20120518
「茶会記の靴〜ヘッドシェル・カートリッジ群」(福地筆)



オイスターは紛失してしまった。
「drawing breathの力は生きる励みの一例 2020/3/29 叙景」喫茶茶会記店主筆


吉島智仁さんより

冬が物足りなかったのか、春が来たのを喜ぶように咲く桜の上に雪が降る朝でした。

桜をみるたびに1年前、5年前、10年前と、過去を思い出したりします。
僕らは生き物として当たり前のように歳をとり、昇った日が沈むようにいつか消えてしまいますが、そんな僕らが消えてしまった後もきっとずーっと花の咲く季節は何度もやってくるでしょう。

素手でフロントガラスに積もった雪を払いのけて、いつものように音楽を作る場所に行き、素晴らしい音楽家といつものように音楽をやります。

ほとんど車の通らない雪の中、ポールブレイのピアノソロが静かに流れる車内は別世界のようで、運転している自分が冷たい空気の中に溶けてしまいそうでした。

行川さをりさんと松本治さんとのトリオ、"drawing breath"のライヴは2回目。
誰もいない暖かな部屋の中で、2人の呼吸を聴いていると全ての不安が嘘のようになくなっていきました。

たとえ誰もいなくても、せめてこの美しい音楽だけは残そうとカメラを回すと、ありがたいことにお客さんが予想を越えて来てくださって、その全ての呼吸が音楽の一部となりました。

こんな大変なときに、"音楽をやろう!!"といってほんとに素晴らしいものを作ってくれた行川さんと松本さんに、そしてお店を開けてくださった店主の福地さんに、それからこんなときに万全の態勢で来てくださったお客さんに、心から感謝します。

音楽があったから10数年ぶりの友人との再会もあったし!

音楽は祈りです。
誰かのためとかそういうものでなく、ただ全てに対して言葉にならない祈りを音にするだけ。

このいかれた時間が一刻も早く終わりますように。

次は夏の終わりに。

drawing breath
行川さをりvo
松本治tb
吉島智仁ds
"Spring can really hang you up the most"」







「雪と雪柳、外に雪」喫茶茶会記店主筆
20200329



武原はん「雪」 塩原庭村 所蔵
雪柳 寄贈 玲
レイアウト 本田万里子(ヒッキー)



「12回連続公演・有終を飾る立本夏山ひとり芝居 タゴール「ギーターンジャリ」の壮麗」喫茶茶会記店主筆








「Jazz A Confronto ! 2011/3/26 の坂田明サロン 2011/3/27 神山綾 JAMの会」喫茶茶会記店主筆 
20200327

時空を超えて洞察する by 貞子


友吉鶴心さんと


Jazz A Confronto
「茶会記レコードコンサート初演はローランドカーク特集2008/1/13」喫茶茶会記店主筆
20200327

浅草の総帥によるもの



トリがリーダー作ではなくミンガスリーダー作。
カークも凄いし枠をレイアウトしたミンガスにも涙。



p.s 総帥は極稀に茶会記にお越しになるが、今では御徒町INCUSがメイン。(これぞ必定)
「Yasuchika氏との対話・言葉と藝術表現と」喫茶茶会記店主筆
20200325



先日、舞踊家・俳優 + 生躰研究家のYasuchika氏と氏の企画する4/30に実施するイベントについて語り合った。
その内容は私が4/24に実施する「Interpritation」に似ているということで差異分析をした。

概略すれば

私のイベントの趣旨は表現者の形而上的内奥を言語でできるだけ展開するということ。
質問者は茶会記副店主の上田である。あくまで受容者側からの問いにおいて表現者は語ることになる。
この企画は付け焼き刃ではない。茶会記は開店当初から小林秀雄全集を置いている。
小林秀雄以前の日本の藝術評論はあくまで歴史主体、表現者のテクニークの言語的代弁がほとんどだった。
その状況から受手個人の確信的印象を体系化・理論武装化させた批評における革命が印象批評である。、
今回はその流れを現代流に継承する。
スペックに拘る藝術に纏わる言説からの上昇・離脱を試みるイベントになる。


Yasuchika氏のイベントの趣旨は表現者の形而上的内奥を言語でできるだけ展開するということ。
対談者はYasuchika氏自身。あくまで表現者側からの問いにおいて表現者は語ることになる。
この企画は付け焼き刃ではない。氏は生躰研究を長く続けていて、表現者の動きについての
一定レベルまでの言語的下地を共有させようという必然性を日々抱いていた。
それは「舞踊の鑑賞入門」といったテクニカルなものではない。その上を行く下地である。
その下地の上からは受容者の自在の見方があるだろうということ。そこから見る視野は格別なものになる。
氏は武道にも精通している。武道も精神の言語的・歴史的伝達によって強度を持って現在に至っていることは自明である。


藝術表現を言葉で語ることへの忌避があることも理解する。
ただYasuchika氏の言葉を借りれば言語が発生した時代から言語と表現は深く混ざりあっていたということ。
太古の言語のない時代の人々の美的感覚を現在において共有することは難しい。
生まれた頃から言語を与えない所作は虐待に等しいのだから。


20200424 「Interpritation」
http://gekkasha.modalbeats.com/?page=1&cid=42172


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