MENU
2017/4/19(wed)Sachiko Nishikawa works "seraphita" 19:30 start 2500yen 1drink in


2017/2/15(wed)Seraphita 7 絵のない絵本


絵のない絵本

第十七夜   
新しいお洋服と新しいお帽子に身を包まれてきらきらと目を輝かせている女の子、さて一番先に褒めてくれるのは誰かしら?

第十八夜
ゴンドラの上の都市の幽霊達が奏でるタンバリンの音が翼を持った金のライオンが守る大理石の広場に響き渡ります。

第十九夜
誰よりも芸術を深く愛したはずなのに、片思いに終わった男の涙の行方。

第二十夜
水のはいったかめを頭上に乗せて歩く裸足の皇帝宮の美少女

第二十一夜
結婚式の二日後に駱駝と共に旅に出た若者は砂漠に座って一人夢想する。

第二十二夜
恐ろしい妖魔、ひょろひょろと踊る幽霊。美しいお人形の為に暗い夜を外で明かそうとする小さな女の子の勇気。


遥か遠くのいつかの月夜の美しい叙景詩が
絵と音楽と朗読によって脳裏に冷たく浮かび上がる体験を、
ぜひご体感あれ。

Open :19:00 Start : 19:30 2500円(1drink in)



「幸福の王子」 原作 オスカーワイルド 画 西川修 動画 西川祥子


店主から
動画プロデュースは喫茶茶会記で定期イベントを企画されている西川祥子
画は西川の御祖父によるもの

PANTAがPANTAである所以 〜Sachiko Nishikawa
PANTAがPANTAである所以 1


最高な内容と最悪な体調が混濁した
物凄い日だった。

先日、搬送された後で、入院を断わってかえってきた事を少し後悔、あのとき、1日くらい入院して、しっかり治療してれば、もう少しマシだったかもしれないけれど、台風が来るなんて、主催するイベントがあるって時に。

確かに私は一度死んで、もう一度生まれて、清々しい気分ではあったけれど、それは体調万全っていう意味じゃ無い。

コップで水を飲む手はうまく力が入らなくて、少し震えて「今日大丈夫かな?」っていう不安はあったけれど、もうやるしかない!

生まれたての小鹿って、生まれてすぐに走り出す為に震えながら立ち上がるんだから、私は鹿ではないけど、もうきっと人間でもなくなったんだと準備に取り掛かる為にとりあえずシャワーで生まれ変わりの苦しさから滲み出てきたへんな汗を洗い流した。

夏休みの宿題は最後の3日でやるタイプ。
さらにここ数日は準備とか出来る状態じゃなくて、結局は全く何も準備が出来てなかったから、「あー、どうしよう」とか途方に暮れたかったけど、そんな余裕もなく、走り出すだけだ。

寝れなかったし、身体は憔悴して休息を要求してたけど、作業をはじめる。ここで眠ったら今日は確実に終わるもの。

BGMを選びながら、高校生の頃、雪が積もって学校に遅刻して、それを報告したら先生に叱られたのをふと思い出した。
「そういう状況になった時のことを想定して普段から行動してれば遅刻はしないはずです」

国語の先生だったけど「臨機応変」という言葉を知らないようだった。
教えてあげたいような気がしたけれど、バカにつきあうほど私はバカじゃない。
そこにつけるクスリなんてないのだから。

やっと作業を終わらせて顔を洗う。
へんな汗みたいなのは、まだ続いていたけれど、さっきほどじゃないから顔だけでいいや。

もう出かける時間。
身支度を始めると難題が浮上した。今の状態でブラをすると、普段から締めつけないタイプのモノを使用してはいるけど、それでもリスク、というか、全く締めつけないワケではないのだ。
いまの肺機能では確実に無理、呼吸困難になる!

シリコンニプレスはこないだの救急搬送先で、ボタって落ちてきたし、点滴してる時で応急処置室には医師しかいなかったし、こっち見てなかったからすぐに拾ったけど。
自分がメインじゃないとは言え、人前で落としたくないし、かと言ってノーブラもやだ。

大人の喘息って大変だな、いろんな意味で。
シリコンニプレスをサージカルテープで貼り付けようと思ったけど、普段から使うものでないので古すぎて、爪でガリガリ引っ掻いても全然剥がれない。時間が無い。バンドエイドを探す、なんか小指に使うような小さいのしか無い。
いっぱい貼れば何とかなるかなぁ〜とか思ったりしてたけど、見つけた。いつか誰かが「かわいい」という理由だけでくれた、使い道のわからないド派手なカップケーキ型のバンドエイド!
サイズもぴったり。

「ok!よし行こう」と思ったらまた難題。
行けんの私?
そういえば、そもそも論をしっかり考えてなかった。
何とか、たどり着くことは出来るかも知れない。
でも、運動性喘息って歩くことで発作起きる。
駅からそんなに遠くないとはいえ、歩くし、地下鉄には階段もある。
よく考えたら絶対無理じゃん。
会場に着いても、そこから救急車呼ぶ事になる。
それはそれで伝説だけど、そんなレジェンドいらない。
タクシーは高くつきすぎるし、平日昼間に動けそうな車持ってる友達に連絡を入れる。
予定入ってるらしく、なんとか調整してもらって
迎えに来てもらう。
マンションの自分の部屋からマンション前に停めてくれた車までの移動で、もう喘鳴がでる。
迎えに来てくれて良かった。
この状態で「辿り着ける」とか考えてた私も、相当クレイジーだったと思う。
国語の先生と同じ部類。

道が混んでて、喫茶茶会記に着いたのは相当遅かった。
なんとか着いたけど、ここからだよな!

PANTAがPANTAである所以2

喫茶茶会記の扉を開けると、PANTAさんが座っていた。顔を見て私は安堵した。


時々くるこの場所。
いつもは普通に、来れていたけど、今は普通のことが普通に出来ない。
もの凄く遠い道のりを経て着いた。
なにせ、生死を乗り越えてやって来たのだから。大袈裟に感じる人は経験してみればいい。
割と本当だから。

「来ないかと思ったでしょう?」
「いや、連絡しなかったんだよ、大変そうだから」

まぁ、そうなんだろうな。PANTAさんは気遣いの出来る人だから、私とは違う。

会場はもうきちんとセッティングされていた。照明とか配置とか、もう計算された空間に仕上がっていた。
Morryがやってくれたのだ、救急搬送された後で、今回のイベントを手伝って欲しい旨を、私はMorryの自宅留守電に入れておいた、携帯電話は持ってないけど、反骨精神を持ってる、おそらく。そして音響イベントの達人だ。

楽屋に荷物を置いて、来る途中で寄ってもらってコンビニで買ってきた、大きいエビアンのボトルに、喘息のシロップをひと瓶(60ml)全部流し込んだ。薬は沢山持って来たけど、着いたのも遅いし。もうアレコレ見て選んで飲む余裕がないような気がするから、我ながらなかなかいいアイデア。
多分、私の中でヒントになってるのは、昔ディズニーランドに行った時に、知り合いのデザイナーに偶然あった時のコトだ。
ディズニーランドはお酒禁止ワールドなのに、なぜか、そのデザイナーさんはへべれけになって楽しそうだった。
「え、なんで酔ってんの?」って聞いたら、ジュースのペットボトルにお酒を入れ替えて、持ってきたと言う。

あのブランドも一時期流行ったけれど、もうなくなった。最後に最高のショウをして終わった、時代のニーズが無くなったんじゃないけど、ちょっとした問題から、崩れ落ちてしまったのだ。凄く面白いブランドではあったのに、惜しいけど。もう人々はブランドのことなんて忘れている。面白いコトをやる事はとても大切だけど、それを維持する事ももの凄く大切。
そのバランスを継続出来ないと、結局はどんなことをやったとしても大衆は忘れてしまう。
忘れられないコトっていうのは本当に難しい。

Morryがコンビニから戻ってきて「おはよう、熱あんの?」って挨拶。
私の息は荒く熱っぽかった。
「ない」と答えておいてすぐ直した「いや、あるかも知んない」実際、わからなかった。こないだ救急車で計った時、熱があった。自宅で計ってた時は自分としては高めの体温だけど、平熱だった、何度計り直しても平熱だった。
病院に着いてもう一度計られた時も、熱があった。家に帰ってきて、すぐまた計ったら平熱だったから多分壊れてると思って、そのまま体温計を捨ててしまった。

とにかく用意を始めた、このイベントはたぶんうまくいく。でもまだ準備万端ではなくて、あまり時間もなくて、私は少しパニクってたから、Morryに何度か「ひとつひとつ解決して行こう」と注意された。うまくいくような気がしていたから、尚更準備を固めたくて、私は焦っていたけれど、時間内に終わらせることが出来て、外を見たら、割ともう人が集まっていた。

へんな汗はまだ止まっていなかったから、本当は少し拭き取りたかった。
さっきコンビニに寄った時に汗拭きタオルのよいなのを買って置けば良かった。
だけど、開場へのカウントダウンが始まっていた。


PANTAがPANTAである所以 3

イベントは始まった瞬間から終わりに向かっていく。客電が落ちてPANTAさんが出てきた。
Morryは私が全然使いものにならないのを知っていたのか、もともとそういう人なのか、会場を仕切っていた、私は観客の一人と化した。達人がいるし、ビデオ撮影担当の阿部さんはプロ中のプロだし、PANTAさんは天然の突き抜けた人で、私だけがド素人だった。
主催は私かも知れないけど、私が居なくても、このイベントはちゃんと始まって、ちゃんと終わっていく。安心すると「でもなんで私、こんなに一生懸命ここに来たんだっけ?」という疑問が湧いてきた。よくわからない。体力を消耗し、無理していた、どうしても時々意識が飛ぶ。PANTAさんの言葉は耳に入ってきても、あまり頭まで届かない、でも朗読のイベントは言葉を理解する為のものではないから、それで良かった。リハーサルもまぁ見てたし、テキストも事前に読んでいた。「イベントを見届ける為に来た?」それはあった。でも後で撮影されたものを見ることも出来たと思う。「主催だから?」それもそうだけど、なんか違うような気がした。

ゆるっとした風を感じて隣を見ると、Morryが片手に持ったプリントでしずかに扇いでいてくれていた。目は朗読の文字をしっかり追っている。皆、静かに朗読を聴いていたし、私の息が少し荒いのも聞こえてしまうのだろう。
「ひとつひとつ解決して行こう」さっきから小うるさく注意された言葉を思い出す。


そもそもはなんだっけ?私はなんでこのイベントを企画しようと考えたんだっけ?企画を持ち掛けたのは私だった。「PANTAさんがPANTAさんに形成された理由を知りたいんです。だから朗読とかやってみませんか?ヘッセの詩とか」そんなことを言った気がする。
私は頭脳警察の曲で「さようなら世界夫人よ」が好きだったから、PANTAさんはヘッセが好きなんだと勝手に思い込んでいた。でもPANTAさんはアレン・ギンズバーグだと言った。あとは「FUGS」、だからこのイベントのBGMは全部「FUGS」になった。


「FUGS」というバンドを全然知らなかったけれど、さっき昼間、選曲してるときに聴いて、私の知らない世界の音楽だと思った。カテゴリー的にはRockだから全然知らない訳じゃないけど、わからない。でも、その時代が詰まっている音だと思った。そして「その時代」っていうのを私は知らなかった。

正直に言うとアレン・ギンズバーグの詩もよくわからなかった、読んだけど。
私はたぶん、このイベントをしても「PANTAさんが形成された理由、PANTAがPANTAである所以」はきっとわからない。当然だ、手掛かりにはなるかも知れないけれど。そんなこと、誰にもわかるはずがなかった。

朗読の終わりのほうでPANTAさんの読む言葉から「ロックランド」というのが聞こえてきた。
その言葉は聞いたことある「ここは永遠のロックランド」子供の頃に聞いていたトム・キャットの歌詞にあった。「ロックランド」それってどこなんだろう。きっと現世じゃない。

多少のグラつきはあったけど、イベントは終了した。何人かの人が私に「よかった」とか「面白かった」という言葉をくれた「ありがとう」と返した。そういう答えしか出なかった。私は、このイベントを全然まだ消化してなかった。私の中では終わってなかった。きっとみんなそうだった。このあと、イベントを頭の中で持ちかえって、ゆっくりとのみ込むか、明日の用意で忘れてゆくか、たぶん、そんな感じなんだろう。









2016/8/17(wed)PANTAがPANTAである所以 〜アレン・ギンズバーグを詠う〜 Seraphita 5


open 19:00
start 19:30

5500yen 1drink in


2016/6/15(Wed) Sachiko Nishikawa presents "絵のない絵本" Seraphita.3
2016/6/15 19:00 open 19:30 start 2500yen 1drink in

Shezoo(p)
Satoshi Kato(sax)
Hitomi Aikawa(perc)
Kanako Nishida(reading)
Sachiko Nishikawa(pic)



2016/2/17(Wed) Sachiko Nishikawa presents "絵のない絵本" Seraphita.1


2015.12.20-27 Nishikawa Sachiko - Solo Show - 星と煌きと夜のやさしさと


2014 Sachiko's event . inspired by "How deep is the night" gine dinovi



Nishikawa Sachiko







 
「Out there - Sachiko Nishikawa」(喫茶茶会記 店主筆)
20150625

茶会記のレギュラー陣の一角、米澤一平さんのご縁で出会った
西川祥子さん。茶会記にお越しになる度に次第に全貌が明らかになってくる。
お客様の一人が祥子さんは「ゴシック・アンド・ロリータ」を文化として
高めた人なんですよ。とか聞いていたが二つ返事をしていた記憶がある。



そもそも祥子さんにイベントをやってもらうことになったのは
このプロフィールの文章にある。決して人から聴いたネームバリューに迎合してはいない。



ゴシック・アンド・ロリータ系の文章においても他分野同様
専門家の同人的資質があり難解になる、それを忌避する人も少なくない。
しっかりとした表現・スタイルに自信があるならば
それをわかりやすい言葉で世間に問いかける姿勢。説得する勇気。
それを彼女の文体から感じたからである。

その意気は
ネオ・ゴシック・ヴィジョン (トーキングヘッズ叢書 第 33)
にも顕著に展開されている。



この中の祥子さんの文章を読んでいると
「ゴスロリ」が
ロココ絵画のみならず
ギリシャ神話のアフロディーテ
シェイクスピアのオフィーリアからの
現代的変容も感じさせる。
しかもジャパンオリジナルで。


綜合藝術を標榜するわたしにとって、わたしは、もはや、なにも専門性のない
関所近くの茶屋の番人にすぎない。しかしそれだからこそ様々な各人の背景にあるもの。
おぼろげながら「強度」を感じ取れるようである。

喫茶茶会記の短い歴史上では
友人でもある少女人形作家 摩有さん
常設展示のアクセサリーのGimmel Garden
2代目月曜店主のアンジェラ(黒色すみれ一派)
Mont ★Sucht

からの
更なる流れを感じている。






| 1/1PAGES |