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「憑依について」(喫茶茶会記点主筆)
20161028

先日、役者はどこまで役になりきれるのかを
新スタッフの気鋭の役者のマーシャ(大木美奈)と対話していた。
例えばキムタクはキムタクのキャラクターでよく、それに合わせて演出されるものだ
といった話にも至る。
マーシャが所属していた高円寺の養成所では
役になりきりつつも、実演期間中、日々の体調に変化があればそれに従順であってよいとのことだ。
美しい美的代謝を感じる。

その夜、舞踏の大森彩子が
藝能史研究會の舞踊の本を持ってきて熱く語る。
日本舞踊をラバノーテーションで可視化(記号化)する内容が興味深い話を得る。
かつ
わたしが盗み読みして再認識したのが
「憑く」。
さしあたり役が憑いてる演者はすごいのである。

大森彩子から教わった話で
「ミラーリング」という修練法があり
対峙した相手の動きを真似るということ。
その真似るという行為は
科学的な真似ではない
精神の内奥に迫る真似である。
それは恣意的であっては破綻する。

ローカルな物象への憑依ではなく
神的なるもののに憑依する行為は
全芸術家に共通される命題であると考える。



20141113 ayako ohmori




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